スワヒリ娘のダル大留学奮闘記〜タンザニア人と“rafiki”になりたい!〜

スワヒリ語を学んでいる女子大生がタンザニアのダルエスサラーム大学に留学。リアルなタンザニアライフを綴る留学奮闘記。

物乞いにお金を渡すなどしてみた。

 

 

日本で募金箱にお金を入れるのと、タンザニアで物乞いをする人にお金を渡すことの違いはなんだろう?

 

タンザニアで暮らしていると、物乞いをする人によく出会う。そのほとんどは身体障害者かストリートチルドレン。足のない人やボロボロの服を着た子供達が私に向かって手を伸ばしてくる。

 

これまでタンザニアで暮らしてきて、私は彼らにお金を渡したことがなかった。手を伸ばされたり、口に手を運ぶジェスチャーをされても、無視して通り過ぎたり、首を横に振って彼らが去るのを待っていた。

 

どうして渡すのを拒んできたのだろうと考えてみた。一番大きいのは、私がいわゆる「縦」の関係をタンザニア人と築くことを拒んでいたからだと思う。「外国人はお金をいっぱい持っているから助けてくれるだろう」と思われるのが嫌だった。助ける人と助けられる人の関係になるのが嫌だった。

 

子供達が外国人が乗っている観光バスに手を振り、車内からお札やお菓子が投げられているのをタンザニアの観光地で何度か見たことがあった。その時に投げられるお札は10000シリング(500円)とかで、こちらの物価からすると子供に渡すにはありえない額だった。

 

そういうのを見ながら私は、なんか嫌だなぁと思っていた。本人たちがどう思っているのかはわからないが、こちらの物価を知りもしないで「貧しいアフリカの子供達に恵んであげよう」みたいな感じが嫌だったのだ。うまく説明できないけど。

 

あとは、現金を渡すという生々しさも私がお金を物乞いに渡せなかった理由の一つだと思う。お菓子を一つあげるとか、一房買ったバナナを一本おすそ分けするとか、そんなのはいいんだけど、お金をポンと渡すのはなんか嫌だった。

 

それに、目の前の人にお金を渡すという行為に不公平さを感じていたとも思う。他にも苦しんでいる人はいるだろうにこの人に現金を渡すことが果たして正しいのだろうかと悩んでいた。

 

こう考えてみると、私がお金を渡していなかった理由は全部なんとなく嫌だったからで、特に明確な理由はなかった。

 

お金を渡さず通り過ぎた後は、いつも罪悪感に駆られていた。目の前で飢えている人を見過ごすのはなかなかつらいものだった。

 

そんなとき、SNSでブログの冒頭に書いたような内容の文章を目にする。

 

『日本で募金箱にお金を入れるのと、タンザニアで物乞いをする人にお金を渡すことの違いはなんだろう?』

 

確かに、と思った。日本にいる時にアフリカの子供たちを支援するための募金活動が行われていたらなんの迷いもなくお金を入れるのに、どうして目の前の子供たちには渡さないんだろう?

 

募金箱にお金を入れても世界で飢えている人に均等にお金が行き渡るわけでもないし、それならタンザニアで目の前にいる人にお金を渡すことと何も変わらないのではないか?と思った。

 

ということで、ここ最近は、試験的に物乞いに会ったらお金を渡すことにしている。渡すのは100シリング(5円)か200シリング(10円)程度。

 

タクシーに乗っている時に物乞いされても危ないので窓を開けてお金を渡したりはしないけど、ショッピングモールの前に座っている人や、ダラダラに乗っている時に開いている窓から子供が顔を覗かせて物乞いしたりしてきたら、渡すようにしてみた。

 

心境には大きな変化があった。

 

お金を渡さない時に感じていたあの罪悪感を感じなくなったのだ。お金を渡した後は、「私はお金を渡したから助けになってあげたんだ」みたいな気分になっていた。たった10円で私はあのなんとも言えない罪悪感から逃れることに成功したのである。

 

でも、渡さなかったときより、彼らに想いを馳せることが少なくなった。お金を渡さず、罪悪感を感じている時は、彼らはどうやって生活してるんだろう?とか何時からあそこにいたんだろう?とかどうやって帰るんだろう?とか色々考えていたのに。

 

何が正しいとか、何が間違っているとか、そういうことではないと思う。援助はいつだって不平等で、同じように苦しんでいても助けてもらえる人と助けてもらえない人がいるのだと思う。

 

たとえそれが不平等だとしても、少しでも多くの人を助けようとするのか、それとも一人も助けないという平等を選ぶのかは、とても難しくてそうそう答えが出そうにない問題だった。